仙台高等裁判所 昭和29年(ネ)600号 判決 1955年10月06日
控訴人(原告) 鈴木右平
被控訴人(被告) 日本電信電話公社
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は「原判決を取消す、被控訴人が昭和二十九年二月十日控訴人に対してなした控訴人の加入電話、山形電話局第二、四九一番の使用料を昭和二十九年三月一日より基本料月額金六百円、市内通話料一通話毎に金七円とする旨の意思表示は無効であることを確認する、被控訴人は控訴人に対し控訴人使用の右電話の市内電話使用料につき月額金千八百円を超えて請求してはならない、訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする」との判決を求め、被控訴指定代理人は控訴棄却の判決と控訴人の新たな請求に対し請求棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張は控訴人において、電話の利用関係が公企業又は営造物利用関係であるとしても、その利用関係は法定されているのであるから、法律の明示なくては企業管理者の恣意によつて変更されない電話加入者の利用上の権利があるのである。素より控訴人としても電話の利用関係を個々の利用者と個々の契約につき個々の利用条例を設定すべきであると主張するものではなく、利用条件の劃一、定型性はこれを認めるものではあるが、その利用関係の設定、廃止は強制的ではないのであるから、そこにも合意を必要とするというのであると述べ、被控訴指定代理人において、
独占事業である公衆電気通信事業にあつては、利用者は間接に契約の締結を強制され、企業管理者は法定の要件を具備する者に対しては利用を拒否し得ないのであるから、電話の利用関係の設定が契約によつてなされるといつても、それは一般私法上の契約と著しく性質を異にするのである、即ちこの契約は附合契約であり電話加入者は法令及び管理者たる被控訴人の定立した一般規定に従うことを約するものに外ならないのであつて、利用者は企業主体が一方的意思表示たる営造物規則を定立したことによつて法律関係の内容を変更し得ることを承認せざるを得ないのである、そして電話加入者の権利は法令又は規則に従い電話を利用することを主張し得るに止まるのであるから、規則の定立によつて既存の利用関係が一方的に変更された場合においても、新たな加入者と同様変更された利用関係に服さなければならないものである。
と述べた外原判決摘示の事実と同じであるからこれを引用する。(証拠省略)
理由
当裁判所は次に説明する点を附加する外、原判決と同じ理由により控訴人の本訴請求を失当と認める、よつてここに原判決の理由記載を引用する。
電話事業の管理者である被控訴人と電話加入者である控訴人の電話使用に対する関係が、いわゆる公企業又は営造物の利用関係であり、これが利用関係の設定が契約関係で律せらるべきであるとのことは控訴人の自認するところである。
元来企業管理者は企業目的に必要な限度で企業管理権の当然の作用として、利用者を拘束すべき規則即ち営造物規則を定めることができるのを原則とし、必ずしも法律の根拠あることを要しないのであるから、利用者は利用関係設定に際し、その規則に服従すべきことを受諾したものと認むべきであるし、この規則制定権は当然規則の改正、変更の権利を包含すること論を俟たないのであるから、特段の規定がない限り、営造物規則が改正、変更がなされた場合は、その後における利用関係の設定者は勿論、従来の利用関係者と雖も、その規則に服従すべきものであり、これが為既存の利用関係者が不利益を蒙ることがあつたとしてもやむを得ないものといわねばならない。
蓋し公企業は社会公共の福祉と利益の為に一般の利用にこれを提供することを使命とするものであるから、企業者の定める利用条件は一般に定型化され劃一化されているのが通例であつて、利用者側としては相手方選択の自由なく、契約内容につき自由意思を容れる余地もないのであつて、利用関係の性質が私法上の契約であるとしても前示集団的定型的利用関係の性質に照し、契約の本質は著しく稀薄化しているのであるから、利用者の側における個別的な意思を無視されることはやむを得ないところといわなければならない。これを本件について見るに、控訴人は被控訴人が度数制を採用した結果、従前の二倍以上の電話使用料を負担する不合理なことになると主張するけれども成立に争のない甲第一号証により度数制施行後一ケ月の実情をみると、山形市内における電話加入者の過半数を遙かに超える六二%六が一日二回乃至六回の使用に止り、従前の使用料より低額の電話使用料で済むこととなること及びこれが為被控訴人の収入は従前の一ケ月約七百万円から金百万円減少の金六百万円となつたことが認められるのであるから、この一事は被控訴人の本件処分は毫も公企業の目的とする社会公共の利益に反する「その勝手な恣意を以て」為された変更といい得ないことを証すべき一の資料たるを失わないものといわなければならない。
以上の次第であるから、被控訴人が営造物規則である電話規則に従い、控訴人の加入電話使用料を定額料金制から度数料金制に変更したのは、契約違反であるとか権利の濫用であることを前提とする控訴人の本訴請求は爾余の点につき判断するまでもなく失当であつて、これと同趣旨に帰する原判決は相当であり、本件控訴は理由がない。
よつて民事訴訟法第三百八十四条第九十五条第八十九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 板垣市太郎 檀崎喜作 沼尻芳孝)